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麦茶が出来上がりました!

麦茶が出来上がりました!

横田農場の麦茶の焙煎は、隣町の職人さんにお願いしています。
職人さんは不二農産加工所の藤野さん。
戦前に先代が油絞りを始めて以来、地域の農産物加工を今でも請け負っている工房です。

藤野さん曰く、「麦茶は、浅煎りがいい。色を出すのに深煎りすると、麦の味も香りも無くなってしまう。」と。

先代の始めた油絞りは、前後に油を絞るためのアブラナやゴマを作る近隣の農家が減ったことで、千葉から落花生を仕入れて落花生油を絞り始めました。焙煎はその落花生を煎りはじめたのが始まり。
以来、半世紀以上を焙煎に捧げてきた藤野さん。

大麦の香りと味を損なわない焙煎香。藤野さんならではの味。地域の大切な文化です。

近所に職人さんがいるのは財産です。
その麦茶の色を見るたびに、自分の生まれた場所、そしてアイデンティティの成り立ちを思い起こさせてくれる。文化とはそういうものだと思うのです。

今では地域の小さな加工所、そしてその職人さんは数えるほどになってしまいました。
ここ、富士農産加工所も後継がいません。

あとつぎ、募集中でなのです!

先日行われた第3回原宿食サミットにて、「食と農業」をテーマに登壇させていただいた様子を取り上げていただきました。

先日行われた第3回原宿食サミットにて、「食と農業」をテーマに登壇させていただいた様子を取り上げていただきました。

食や農業を取り巻く問題、何を話そうかすごく迷いました。
誰かを悪者にすれば、ラクな話だと思う。でもそれじゃ前に進めないなと。

よく「知ろうとしない消費者」というけれど、「では、農家や流通、料理人はちゃんと伝えてきたのか」と思ってしまうのです。
問題なのは、お互いの無関心、コミュニケーション不足じゃないのかなと。

懐古主義もよく耳にするけれど、これも違うなと思ってしまうのです。
戦後、経済の夜明けから今に至るまで、生産者と消費者は物理的にも精神的にも限りなく離れてしまいました。
しかし、それが結果としてお互いの無関心を生んだとは言え、必要としてやったことだと信じるしかないのです。
信じた上で、改めてこれからどうあるべきかを選択しなければならない局面に立たされているのだと思っています。

そこで、生産者か消費者のせいにすればラクだけど、それでは一歩も前に進めない。
知らない相手に自分の問題を押し付けても何も解決しないのです。

なら、お互いの関心を取り戻すとがその一歩目にはならないでしょうか。
コミュニケーションを通して、今ある問題に、立場を超えてみんなでちゃんと向き合おうよ、とならないと。

そのために、小さくてもコミュニケーションができる場が沢山あるといいなと思う。
そうすれば、環境問題とか、食の問題は、自然と解決の方向に向かうのかなと思うのは、私たちにどのくらい時間が残されているのかわからないだけに、楽観的でしょうかね。

小麦の検査

小麦の検査

昨日は小麦の品質検査でした。
品質によって補助金が変わります。

補助金のおかげで、国産の小麦の価格は安く抑えられています。

安い輸入穀類との価格差を埋め、農家の所得を安定させる為に税金が投入されています。
それでも埋め切らないのが実情だとは思いますが。

この補助金、平野でも、山間部でも、地の生産効率にかかわらず一律ですから、山間部程不利になります。
一般に、品質は変わらないけど、山間部の方が価格が高いとなれば、買う人はいなくなります。
物流が発達したからこそのこの考えは、山間部から農業が衰退して行くという構造を生み出しました。「どこにいても、同質」を得られる便利さとのアンビバレンス。熱帯雨林のショッピングサイトはスーパー便利だけど、なにかを引き換えにしているということなんだろうな。

生産効率は、一般的に面積が増えるほど上がります。しかし、これは平地の理論。山間部は、農地も限られているし、そもそも効率が悪いのです。

これは国内の話ですが、世界の穀倉地帯の規模に比べたら、国土面積も狭く、その3分の2が森林の日本は山間部のようなものです。ここが、海外の農産物とガチンコの価格競争はできない理由です。

世界と日本と、国内の平地と山間部と、構造はまるで同じです。
事実、世界との対比で、日本の農業は衰退の一途を辿っています。

世界と日本の差を埋める為の補助金はあるのに、平地と山間部の差を埋めるサポートはない。

そもそも、国産を安く買う代わりに、税金という形で間接的に追加で払っているという現状をどう考えるかでもある。

地域の農業を育てるにはどうしたら良いだろうか。
なにか大事なものが抜け落ちてるんじゃなかろうか。