「日本と原発」まとめ

日本と原発

日本と原発

先日、見に行った「日本と原発」。見たことを沢山の人と共有してほしいという事だったので、まとめてみようと思います。自分にとっても整理になるので。

以下内容は映画の内容のメモから書き起こしたものなので、間違いがあるかもしれません(間違いがあったら教えて下さい)。カッコ内の*○○は補足になりそうな参考資料です。

■福島第一原発事故による影響
◎事故後、福島第一原発から拡散した放射性物質は、セシウム137で広島に投下された原爆の168発分にものぼる。セシウム137は、放射性物質の中でも、人体に対して特に危険度が高いものの一つであるとされ、同時に半減期が30年と長い。
◎浪江町請戸地区では、大震災と、それによる津波の後、生存者の捜索が開始されたが、直後に原発事故が発生。放射線量の増加から避難指示が出され、撤退を余儀なくされた。 高線量地区で捜索が再開されたのは1か月後であった。 震災直後、救出活動に当たった地元の消防団員は、「本格的な捜索活動は翌日からの予定だった。併し、原発事故によって撤退を余儀なくされた。車の中や、崩れた民家の中から、音や声が聞こえたが、それでも助けることができなかった」と語った。 捜索再開のきっかけは、あるジャーナリストが現地に入り、原発事故直後に線量が下がっていたことが判明したことだった。 自然災害が原発事故に結び付くことでおこる被害は想定されていなかったといえる。
◎高線量地区は、低線量順に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域とに分けられた。 帰還困難区域である浪江町は、住民が全国に散り散りになった。帰還困難地域に果たしていつになったら戻れるのか?本当に戻れるのか?という疑心が自治体の復興活動や、住民の帰還意識の重い足かせになっている。

■チェルノブイリ原発事故から見る原発事故による健康被害
チェルノブイリ原発事故から、周辺住民の健康状態の追跡調査では、100ミリシーベルト未満の低線量被ばくにおいても、ガンの発症との因果関係を認めている。 事故後25年で、6000人もの子供が甲状腺がんを発症し、事故後の対応に当たった作業員の発症率は5倍に上る。調査に当たった研究者は「放射能は、どんなに少なくても害になる。」と締めくくった(*1:衆議院HPに詳細な資料有)。

■「想定外」ではなかった津波
事故前に事態が想定されていたにも関わらず、慢心によって対策に至らなかった事実
◎東日本大震災の3年前の2008年、東電は、巨大地震によって引き起こされる津波で、福島第一原発が受ける影響調査を社内で実施していた。予測調査による試算では、福一原発において、15.7mの津波が予想されていた。 しかし、東電経営陣は、対策費用に多額の予算がかかることを理由に、算出結果を握りつぶした。原子力保安院に調査結果を報告したのは、大震災の4日前だった。(*2) 実際に福一原発を襲った津波の高さは16mであった。

■東電の歪んだ結論:「津波による電源喪失」と「何としても避けたい水平展開」
◎福一原発への津波到達時刻は、沖合1.5Kmに設置されていた波高計の実測値を使ったシミュレーション結果によると、15時39分とされた。 しかし、実際に福一原発が電源を喪失した時刻は、津波到達の3分前、15時37分であった。(*3) 「津波が原因」とする東電の説明は食い違っている。
◎日本の原子力発電所は、「絶対安全」の上に成り立っていた。 東電が福一原発事故について「安全上の重要機器が地震で影響を受けたものと認められない(≒電源喪失は津波が原因)」と結論付けたのは、地震による影響を肯定すれば、他の全ての原発の「絶対安全」の評価(耐震基準)が根底から見直し(=水平展開)に迫られることを、何としても阻止したい思惑があった。 基本構造の見直しには多額の予算と時間を費やすことになる。

■巨大利権構造
原発業界を中心とした巨大利権構造が、原発に対する公正公平な評価をゆがめている。
原子力産業は利権の塊である。

◎【地方自治体の原発受入れ】←【原子力ムラによる地域経済活性化】
原発を受け入れれば、就労先の受け皿が増え、原発労働関係者が移住し、原発関連事業を委託される地元企業は潤う。税収が上がり、原発交付金が支給されれば、地方の経済面における原発の依存度は高まり、原発を止められない自治体が出来上がる。

◎【国の原発推進】←【原発関連団体からの圧力と潤沢な政治献金と天下り先の確保】
電力(原発)関連企業は、電力会社を中心に、商社、ゼネコン、電機メーカー、鉄鋼メーカーなど、多岐にわたる。そうした電力業界と密接につながっている関連会社のほとんどが、世界に名だたる大企業である。 電力事業者と関連大企業そして、各社が所属する経団連からは、多額の政治献金がもたらされるだけでなく、同時に、それら関連業界が原発族議員の天下り先となっている。 天下り後はトコロテン式の押し出し人事で関連企業を転々とし、そうした人事を業界全体で差配する仕組みまで出来上がっている。
それが原発族議員を生み出し、原発を推進する理由の一つになっている。

◎【メガバンクによる巨額投資】←【国策と総括原価方式によって守られた確実な投資先】
メガバンクはすべて原子力事業に出資している。電力会社の大株主には必ず銀行が入っており、国策(原発推進)と総括原価方式(3%利益)によって国と国民に守られている安全な投資先として、巨額の資本を投じている。

◎【学者による原発擁護】←【研究費の援助と就職先の斡旋】
原発を擁護している研究者の大部分が、原発関連団体からの潤沢な研究費の助成や、研究室学生の就職先の斡旋を受けている。

◎【メディアによる安全安心アピール】←【多額の広告収入】
電力業界に関連する企業がスポンサーになり、メディアによる安心安全のアピールが行われてきた。

◎【国民には「何もない」】→【無駄なコストと3%利益が上乗せされた電気料金、そして税金】
*私たちの支払った電気料金と税金の行方
私たちが支払う原発の電気に支払う料金の中には、発電所建設、維持管理、核燃料、火を落とすことができない原発の夜間余剰電力をため込むための「揚水発電所」の建設・維持費や、送電網設置・管理費、広告宣伝のための費用が含まれている。さらに「総括原価方式」に則ってこれらコスト上に3%利益分が加算されている。
さらに「原発交付金」と呼ばれる地元懐柔策に使われる費用、原発事故で発生した、多額の賠償金、交付金、復旧費用(修繕、改修、除染)、廃炉費用を政府が肩代わりし、そこに税金が投入されていることは言うまでもない。事実、福一原発事故の対応費用だけで、現在までに13兆円もの巨額の資金が投入されている。
「原発のコストは、他の発電事業よりもダントツで高い。」と云われる所以はここにある。
原発の「発電コスト」≒発電所建設、維持管理、核燃料費用だけ見れば一見安い発電方法だが、その実バックエンドコスト(揚水発電所/送電網/使用済核燃料の処理保管費用)と社会的費用(地元懐柔策/広告宣伝/事故の賠償費用)が見落とされている。(「あえて説明してこなかった」と云った方が良い)
それをなしに「安い電気」とは言えない。それを知らされず、今まで国民は無駄なコストに対して電気料金を支払っていたし、現在も払い続けている。

■そもそも、日本にとってなぜ原発が必要なのか。
◎「自己完結型永久エネルギー構想」と「潜在的核抑止力」
資源を国外に依存する日本にとって、原子力を使った自己完結型永久エネルギー構想は魅力的なものだった。
~その「構想」の仕組み~

【軽水炉での使用済み核燃料】→【再処理(六ヶ所村)】→【プルトニウム(MOX)燃料】→【高速増殖炉(もんじゅ)】→【再々処理(MOX燃料+α)】→【高速増殖炉】→【再々々処理(MOX+α+α)】→…永久回転

これが実現すればエネルギーの自給ができる夢の技術だが、六ヶ所村も、もんじゅも相次ぐ事故により稼働が見送られており、世界的に見れば、米、仏、英、独の高速増殖炉の開発は度重なる事故の末にストップし、実用化の見送りを余儀なくされている。
実現困難な研究を莫大な国家予算を投入してでも開発したい理由の一つには、自国においてMOX燃料を製造しうること自体が核兵器開発能力を得られることにあり、現に一部政府関係者は「潜在的核抑止力」としての原子力事業であることを認めている。(*4)

■新規制基準の穴 第2の安全神話
政府は、福一原発事故を受けて、全原発の稼働に対する規制基準を設けた。
原発の設置場所を、住民の生活圏から遠ざける。あるいはシビアアクシデントが起こった時に、周辺住民を速やかに避難させる。といった「もし事故が起こった場合」の対応に目を瞑ってしまった(*5)。
つまり、シビアアクシデントへの対応がうまくいけば、住民の避難は必要がないという、第2の安全神話を作り、川内原発においては住民の避難計画が定まらないまま再稼働を認可してしまった(*6)。

■原発は技術的失敗(=事故)からの改善が期待できない
有史以来、人間は発明とともに現在の文明を築き上げてきた。物事の効率を引上げ、世の中を便利にしてきた発明だが、その実用化においては技術的失敗が必ず起こる。発明は、そうした失敗から学び、改善することで、より安全でより便利な方向へと高性能化を果たしてきた。
発明技術の発展プロセス
【発明】→【実用化】→【事故・失敗】→【原因究明・検査】→【改善】→【事故・失敗】→【繰り返し…】

技術の発展のプロセスに照らし合わせて、果たして原発は事故を起こした場合にこうした改善が可能なのか考える。
◎「原発事故(失敗)」が起こった場合
【事故・失敗】=〈被害甚大、無限定・不可逆〉→〈種の死〉→〈国家の滅亡〉
〈被害甚大、無限定・不可逆〉
被害は広範囲にわたる。チェルノブイリにおいては、気流に乗って地球規模で放射能汚染が広がった。ひとたび原発事故が起こり放射性物質が放出されれば、被害は事故の起こった場所にとどまらず広大で無限定に広がる。
また、一度高濃度の放射性物質に汚染されれば、もとに戻すこともできない。福一原発の半径30Km県内は帰還困難区域だし、チェルノブイリの周辺も同じだ。これから、50年、100年と人が立ち入れない区域になり、津波だけだったら数十年と経てば傷が癒えるはずの地域が、放射能汚染によって100年先もわからないまさに死の町と化した。(*7)
〈種の死〉
被害が限定されない原発事故は、短期的にあるいは長期的に広範囲に住む人々(動植物も同じ)を死に追いやる。
〈国家の滅亡〉
政府はこの事態を重く見ていた。当時の菅直人内閣が作成した「最悪シナリオ」(*8)によれば、首都圏住民の避難も想定していた。菅直人元総理大臣は自身のブログでこう語っている。「今回の原発事故で避難している人は16万人。しかし、最悪のシナリオ(*8)のように首都圏全体から3000万人が避難した場合、避難者数でも200倍だから、東京に地価を考えれば損害は200倍をはるかに超える。200倍と計算しても1200兆円ということになる。」(*9)首都圏からの避難は避難者数の膨大さに加え、国の経済の根幹をなす首都圏地価の大暴落も招くのである。原発事故は、国家滅亡の可能性すら否定できないことを物語っている。

【原因究明・検証】→〈検証不可〉=現場に立ち入りできない
原発事故における原因究明がなぜ不可能であるのかは、放射能汚染が深刻なほど、現場に近づけないためである。

◎これが「自動車・航空機事故(失敗)」だった場合
【事故・失敗】=〈限定的被害〉→〈個の死〉
自動車や航空機の事故の場合、被害は事故の起きた現場に限定される。どんなにひどくても「種の死」や「国家滅亡」にまで発展することはない。

【原因究明・検証】
事故が起こっても、短時間で現場に立ち入ることができる。したがって事故原因の究明と、検証が可能である。

◎自動車や航空機と、原発は根本的に違う
このように原発は深刻な事故が起こった場合、通常の技術的な事故や失敗とは被害の度合や性質が全く違うし、技術的改善のサイクルが期待できないものである。
自動車や航空機は技術的失敗のたびに改善を繰り返し高い信頼性を獲得したが、原発は一度でも深刻事故を起こせば、そこで技術発展の為のプロセスが停止する技術である以上、「想定外」に対する技術的改善ができないものである。

■溜まり続ける高レベル放射性廃棄物「トイレなきマンション」
核反応によって発生する熱を利用する原子力。核燃料は石油と違い、燃えれば二酸化炭素と水になって大気中に無くなるものではない。原子炉から取り出された核燃料棒は燃えかすであって、これの後始末を曖昧にしたまま原子力発電を始めたことに対して、「トイレなきマンション」と揶揄された。
使用済み核燃料がの大きな問題点は、高濃度の放射性物質を含んでいる点にある。原発は、そうした核燃料を始末する技術が確立していない状態で、次々と建設された。

現在、日本における使用済み核燃料は、1万7千トンにも上る。米国、カナダに続き3番目の量だ。使用済み核燃料は、水をはった核燃料保管プールで冷却し保管されているが、仮置き状態が続き、プールの余剰はひっ迫している(*10)。

◎高レベル放射性廃棄物:管理期間は約10万年
フィンランドにおける地層処分施設「オンカロ」は、放射性廃棄物を地下約500メートルに埋設し、約10万年間閉じ込めるもの。 この施設は極めて安定した岩盤に掘られ、2020年から運用を開始され、2120年までの放射性廃棄物を運び込む予定だ。最終的に施設が満杯になった時点でトンネルごと埋め立てられる。 日本にはこうした数万~数十万年安定を見込める岩盤を見つけることができないだけでなく、自治体の反発も根強く、候補地のめどが立たない状況である。

■地震大国にある原発の異常性「超危険な物質を内包した原発は地震地帯を避けなければならない(小出裕章氏)」
日本列島は太平洋プレート、オホーツクプレート、ユーラシアプレート及びフィリピンプレートの四つのプレートの境目に位置している。全世界で発生する実に1割が狭い日本で発生している。 世界の原発はほとんど例外なく地震帯を避けて建設されているが、地震大国の日本には54基もの原発が建てられている。 基準地震動を超える地震が来ないという根拠は想定に基づいたものであり、基準地震動を超える地震が起こる可能性を否定するものではない。そして、その地震が原発直近で起こる確率が一番高いのがまさしく日本なのだ。(*11)

■原発の停止と「国富の流出」とは無関係
原発を再開させなければ、毎年3.6兆円の国富が流出するといわれるようになった(*12)。 火力発電所の稼働率が上がり、液化天然ガス(LNG)など燃料の輸入が急増したためだ。日本がギリシャ化するのではないかとも囁かれた。
実際のところ、石油の輸入増による、3.6兆円分は円安によるコスト上昇を加味すると、実際は1.5兆円の増加に過ぎない。GDP全体(300~600兆円)から見れば全体の0.5%に過ぎない。国富になれば、実に3000兆円でり、国富への影響は0.005%であるからほとんど意識する数字ではない。

■大飯原発差し止め訴訟の判決「司法は生きていた」
2014年5月21日、福井地裁において、樋口英明裁判長は、大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を言い渡した。
大飯原発3、4号機運転差止請求事件判決要旨(*13)から抜粋。 原告は大飯原発周辺住民、被告は関西電力株式会社。
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9 被告のその余の主張について

他方、被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。

また、被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。
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□私見
原発をいくら肯定したとしても、実際に私たちの住んでいる日本に、放射能汚染で住めない土地があることは事実です。それだけは否定できない。
機械には絶対はありえない。どんなに安全策を講じても、常に何らかの原因で壊れる可能性を持っている。想定外は常に起こりえる。自動車事故など、何処まで想定できるだろうか。それが巨大で複雑な機械になればなおさらだ。だから自動車や航空機など安全率やフェールセーフという概念が有ったり、疑似的に事故を起こして検証したりするのだと思う。
併し、営業するためには、コストとの折り合いをつけねばならないのが商業化の常であり、材料費~運用、保守にまですべてにコストバランスがかかわってくる。 安全率を上げようと思えば材料費が高くつくし、大きな出力を得られなければ意味がない。保守点検に時間が掛かるほど、営業運転に差し支える。つまり、安全とコストは表裏一体ということである。 そしてある意味では安全を多少犠牲にしてでもコストを採るといえなくもない。そういう意味で、原発に欠陥が生じ得ないといえるのだろうか。 商業化しつつ「安全」とはとても簡単に言えることではない。
また、商業用原発は巨大で、構造が複雑すぎる。 ひとつのプラントで配管溶接点約3万点、配管総延長 約150 km、ケーブル総延長約2,000 kmにも及ぶ(*14)。それを設計し製造するは人間であり、それをハンドリングするのもまた人間、そしてそれを点検するのも人間であり、基準を作り、監視するのもまた人間なのである。 膨大な部品点数と複雑に絡み合うシステムの中に欠陥が生じ得ないといえるのだろうか。
事故が起こった場合の防御策「ベント」も同じことが言える。事故前に原発が「絶対安全」といっていたように、ベントは「絶対に働く」という前提に変わっただけだ。 どんなに安全策を講じても、そのすべてに人間が関わっている上に、必ずコストバランスを考えねばならない。

原発は今まで様々な議論を巻き起こしてきた。核のごみを地中深くに埋設するか否か、原発がエネルギーの窮状問題を解決するか否か、原発のコストが安いのか否か、原発を止めるべきか否か…常に議論されてきたし今でも尚議論されている。 併し、そもそも原発事故は如何なるものなのかはだれの目にも明らかになった。 今でも、そしてこれからも立ち入りが許されない危険な区域がある惨状をどう否定すれば、原発を推進できるのだろうか。

ひとたび事故が起これば甚大な被害を極めて広範にもたらす原発。この原発に欠陥など存在してよいのだろうか。むしろ機械や人間に完璧や絶対が存在しない以上、そしてそれが商業ベースである以上余計に、安全上実現が不可能な技術なのではないだろうか。

原子力発電は、一生消えない猛毒を燃料にして走っているタクシーに乗っているようなものだと思う。 自動車を設計するのも製造するのも人間であり、それをハンドリングするのもまた人間、そしてそれを点検するのも人間であり、基準を作り、監視するのもまた人間であり、それら全てがコストバランスの上に成り立っていることには変わりはない。
あなたはそれに乗るだろうか。 私は乗らない。

原発は、私の「ベースロード電源」にはなり得ない。

□参考(補足情報)
*1:『チェルノブイリの長い影~チェルノブイリ核事故の健康被害』<研究結果の要約:2006年最新版>
http://www.shugiin.go.jp/…/…/cherno10.pdf/$File/cherno10.pdf
*2:福島第1原発、10メートル超の津波想定 東電が08年試算 震災4日前に保安院へ報告
http://mw.nikkei.com/sp/…
*3:再論 福島第一原発1号機の全交流電源喪失は津波によるものではない
http://www.iwanami.co.jp/kagaku/eKagaku_201403_Ito.pdf
*4:「核の潜在的抑止力」のために原発維持をと石破茂自民党政調会長
潜在的抑止力達成は2050年以降の高速増殖炉の商業利用待ち?
http://kakujoho.net/npp/ishiba.html
*5:『(竹内敬二の窓)「第二の安全神話」にすがる』 朝日新聞DIGITAL 2014年6月20日
http://www.asahi.com/articles/ASG6H4FCXG6HPTIL004.html
*6:『川内原発再稼働 避難計画 交通工学上ありえない』 環境経済研究所代表 上岡直見
http://blog-imgs-44.fc2.com/…/kimito3…/20141107112051323.jpg
*7:『フランス人学者の考察 原発事故は元に戻れない大惨事』 SWI 里信邦子
http://goo.gl/uSgj9n
*8:『福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描』 2011年3月25日 近藤駿介
http://www.asahi-net.or.jp/~pn8r-fjsk/saiakusinario.pdf
*9:「原発のコストとプルトニウム」 元総理大臣 菅直人 ブログ 2012年9月3日
http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-11344946732.html
*10:「原発ごみ、行き場なし 使用済み核燃料、満杯状態」 朝日新聞DIGITAL 2013年11月18日
http://www.asahi.com/articles/TKY201311170370.html
*11「悲惨を極める原子力発電所事故」 京都大学・原子炉実験所 小出 裕章
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/tky110429.pdf
*12:「エネルギー政策/「脱原発」の大衆迎合を排せ」 読売新聞 2012年11月25日
http://3coco.org/a/modules/d3pipes/…
*13:「大飯原発運転差止請求事件判決要旨全文」
http://www.news-pj.net/diary/1001
*14:「国内原子力プラント建設に関する取り組み」 日立評論 2009年 Vol.91 No.12
http://digital.hitachihyoron.com/pdf/2009/02/2009_02_02.pdf

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